トマトジュース

父の好きだったトマトジュース

たまに　父の声が聞こえる
そんな気がする

心臓が止まる
ピーーって　TVのような音がする

お水が飲みたかったでしょう
苦しかったでしょう

目の前で　息絶えた時

あたしは　動きたくても体が動かない
麻酔でもしたかのように　足が動かない
手も動かない

看護婦さんが　あたしにビニール袋をくれた
でも　そんなものどうでもよかった

さっきまで　必死に戦っていた父は
力尽きた

がんばったのにね
痛いの我慢したのにね
何ヶ月も何も食べれなかったね
亡くなる前は　『お茶』　そう言ったね
お茶　飲みたかったね
あたしも　飲ませてあげたかったよ
ほんとだよ
出ない声で　『お茶』そう口が動いたね
いくら栄養のある点滴してるからって
絶飲食は辛かったね
見てる　あたし達も辛かったよ
ほんとだよ

声も出せない　食べれない　飲めない
夜は手足を紐でベットに括られて
辛かったね

ホスピスがもう少し早く空いてくれたら
あんな病院から絶対　移したのに

あたしがお見舞いに行くと
『早く　帰りなさい』
『あさちゃんが　待ってるから』
『財布に　お金が入ってるからそこからお金持って行きなさい　』

声が出るときに　あたしに言ったね

お金なんかいらないよ
気を使わなくてよかったのに

なるべく交代で看病したけど
お父さんは　怒ってないかな

お茶飲ませてあげられなくて怒ってないかな

山笠が終わって　すぐ危篤になって
まるで　TVドラマみたいだったよ
でも　TVドラマみたいに綺麗じゃなかったよ

最後の最後　タバコに火をつけて
くわえさせてあげた
氷を口にいれてあげた

まだ暖かい体の父と家に帰ってくる途中
オレンジ色の夕焼けが綺麗で
思わず　『お父さん　やっと家に帰ってきたね』
そう話かけたね

空がオレンジ色に染まる
あの時の夕焼けを
あたしは一生忘れられない
あの時みたいなオレンジ色の夕焼けを見ると
胸がきゅんって痛むんだ

お父さん　

好きなお酒とトマトジュースたくさん飲んでる？


お父さん